音楽祭事務局スタッフと公式レポータが目白情報を発信します
by mejilog2007
>> 目白バ・ロック音楽祭公式サイト
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
全体
ニュース
コンサートレビュー
目白リポート
バックステージ
事務局より
ブロガーのつぶやき
公式ブロガー(リポーター)たち
編集長タカハシ
『目白バ・ロック音楽祭2007公式ガイドブック』編集長

ひとみ
空飛ぶ歌姫。目白在住0年、まだヒヨコ

せん
日本を代表する(?)ネット系クラ・オタ

takako
地図を読む女。最近ボーヴォワールに目覚めたらしい

アヤエル
クラウディオいのち。休日も音楽家

カナエル
目白と天使をこよなく愛する食いしん坊。茨城出身
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

 携帯でメジログを読む!
 ※広告が表示されます

 
カテゴリ:コンサートレビュー( 13 )
【コンサートレビュー】6月18日~24日(米良美一/ヴィンサント/アドリアン・ファン・デル・スプール
 6月18日~24日(米良美一/アンサンブル・ヴィンサント/アドリアン・ファン・デル・スプール)

 21日、音楽祭初登場の米良美一による『フランスとジャポンのうた』。「西洋音楽との邂逅」のテーマによる演奏会で、前半にフランス歌曲を9曲、後半には日本歌曲8曲を披露した。米良は、ライフワークの1つとして特に日本歌曲に取り組んでいるが、確固たる技術力と魂からの歌声により、発音の難しい日本の歌を見事に歌いきった。カウンターテナーとして幅広く歌い続ける米良は、これからも人々の心に響く音楽を届けることだろう。
 今年初めて音楽祭の会場となった日本女子大学の成瀬記念講堂では、23日にオーボエ奏者・三宮正満率いる「アンサンブル・ヴィンサント」による演奏会が行われた。名曲ばかりを集めたプログラムで例えばパッヘルベルのカノンは実はジーグがあったなど、名曲と言われていても実は全曲通して聴く機会が少ないために、新たな発見もあってとても親しみやすい演奏会だった。
 そして音楽祭最後の演奏会は『灼熱のラテン・バロック ~18世紀イエズス会宣教時代南米の宗教作品~』。古楽アンサンブル「コントラポント」による演奏で、アントネッロ主宰の濱田氏と共にレジデント・アーティストである花井哲郎(ヴォーカル・アンサンブル カペラ音楽監督)も参加。冒頭の行列行進では舞台裏から演奏しながら入場し、観客をひきつけた。アドリアン・ファン・デル・スプールの指揮とギターで、イエズス会宣教師がもたらした、南アメリカのバロック音楽(特にボリビアやペルー)を演奏した。前半には悔い改めの季節のための、荘重で内向的な歌。後半は祝祭のためのにぎやかな音楽を集めた。演奏者たちは色とりどりの衣装を身にまとい、南米独特のリズムと響きで聴衆を魅了した。

(カナエル)
 
[PR]
by mejilog2007 | 2007-07-20 11:24 | コンサートレビュー
【コンサートレビュー】こだわりの名曲コンサート
こだわりの名曲コンサート アンサンブル・ヴィンサント  日本女子大学 成瀬記念講堂

6月23日に行われたのは、オーボエ奏者・三宮正満により結成された「アンサンブル・ヴィンサント」による名曲コンサートだ。よく耳にしたことのある曲を中心に、ソリストの輝くオーボエ協奏曲やオルガン協奏曲、そしてこの日のゲストである藤崎美苗(ソプラノ)によって歌われたバッハの「結婚カンタータ」など、演奏者が「こだわって」作ったプログラムだった。

「名曲」と言われていても、曲の一部を知っているだけで実は全部を聴いたことがないという方もいるのではないだろうか。例えば、この日演奏されたパッヘルベルの「カノンとジーグ 二長調」などについては、ジーグの存在を初めて知ったという人も少なくないだろう。軽やかで楽しい曲から技巧的な曲まで、ときおり三宮の解説をはさみながら、ヴィンサントのきらびやかで優雅な響きに浸った。音楽の流れに身体をゆだねて気持ちよく吹く三宮をはじめとして、どの奏者もアンサンブルを楽しんでいる姿に親しみを感じ、聴いている側も肩の力を抜いて音楽を共有できる温かな雰囲気に包まれていた。

ヴィンサント(VIN SANTO)とは、聖なるワインを意味する琥珀色をしたイタリアの食後酒のこと。成瀬記念講堂という情緒ある会場で、極上のワインを味わったような、何とも贅沢感ある時間を過ごすことができたことだろう。

(カナエル)
[PR]
by mejilog2007 | 2007-07-05 02:37 | コンサートレビュー
【レビュー】こだわりのリサイタル・シリーズ 渡邊孝
ライン川を渡りながら作曲したアルマンド         渡邊孝

ダルカディアメンバーの渡邊孝によるチェンバロソロリサイタル。座席数50席の雑司が谷音楽堂は満員で渡邊を迎えた。

すべてフローベルガーの作品で構成された本日のプログラム。その中にはフローベルガー自身がつけた何ともユニークな題名の曲や、日常のできごとを日記のごとく書きつづったものを題材にした曲、さらには楽譜の下に情景が書かれているものまで発見されている。リクレアツィオン・ダルカディアの16日の演奏に続き、フローベルガーもまた当時としては「ロック」な人物だったのかもしれない。

彼の曲はじつに美しく、特にアルマンドは極上の響きを持っていた。渡邊の心から歌いこむ、言葉で表現する域をこえた「何か」を含んだ音色に、ただただ心揺さぶられ、無となって聴きほれた。チェンバロとは思えないほど柔らかい響きを創りだす、彼の音に対する真摯な姿勢と熱い思いが、曲を通して心にダイレクトに届いた。

フローベルガーという、まだ一般的に知れ渡っていない作曲家で臨んだ渡邊の試みは、筆者だけでなく多くの聴衆の意識を変えたことであろう。

(カナエル)
[PR]
by mejilog2007 | 2007-06-19 03:04 | コンサートレビュー
【レビュー】リクレアツィオン・ダルカディア
常軌を逸したカプリッチョ?
~ファリナ氏と巡るヨーロッパの旅~


2001年に結成されたリクレアツィオン・ダルカディアの音は、アンサンブルの楽しさであふれている。16日のコンサートは、「バ・ロック(挑戦的)」と言える音楽史上初の試みを集めており、イタリア・バロック音楽の新しい顔を見せてくれた。

チェンバロ&オルガンの渡邊を、ヴァイオリンの松永・山口(ヴィオラも兼任)・渡邉さとみ(ゲスト)と、チェロの懸田が囲む。彼らの音楽は、曲の分析がしっかりなされた底辺の上に成り立っており、たとえ知らない曲でもすんなりと受け入れることができる。同じ旋律が楽器を変えて次々に表れてくるときなど、次の相手にメロディーをふわりと受け渡してゆく様がよくわかる。同じ音楽を共有していると幸福感に包まれていて、その大きな空間の中でひとりひとりが自由に主張したり寄り添ったりと漂っている感が聴いていて心地よい。

この日の最後には、ファリーナのカプリッチョ・ストラヴァガンテ(常軌を逸したカプリッチョ)を演奏した。この曲は、バラエティに富んだ音の表現が記されている。「にゃ~お」という鳴き声を真似たネコや、するどく速いピッチカートではスペインのギターを再現、弦を弓の木部で叩くという手法まで飛び出す始末。遊び心満載で音の可能性を追求した作品であった。会場から笑いや驚きを誘ったほど、彼らは弦楽器と鍵盤楽器だけでより本物に近い音色を再現していた。古い音楽という概念を取り払った夜となった。

(カナエル)
[PR]
by mejilog2007 | 2007-06-19 01:47 | コンサートレビュー
【レビュー】“こだわり”のリサイタル・シリーズ
リスボンの情熱とため息 ニコラウ・デ・フィゲイレド(チェンバロ)  目白聖公会

「神業」。今日の演奏はまさにこの一言である。

スカルラッティを始めとし、ソナタを13曲(うちソナタとメヌエット4曲を含む)をチェンバロで演奏したニコラウ・デ・フィゲイレド。演奏序盤からすでに溢れんばかりの熱気でもって聴衆を引き込んでいく。指揮者でもあるニコラウは、途中で指揮を取ったり、求める音によって顔の表情が豊かに変化していったりと、それらの動作がまことに自然で、そしてすべてが彼の音楽だった。まるで体と楽器が一体化したようなその演奏は、作曲家が舞い降りてきたのではないかと思わせるほどきらびやかで生き生きとしていた。

今回のプログラムは、同じ調を並べていたり、同主調(例:ホ長調とホ短調)で揃えてみたりと、興味深い構成になっている。そして見事な音の「色」の変化。彼の生み出す音は実に豊富な色を創り出す。後半、スカルラッティの3曲を同じニ長調で並べたニコラウ。ソナタと一言でいえど曲の規模はさまざまであり、速度の異なる曲をそろえることで、大きくひとつの曲のような効果を演出した。繰り返しを伴う曲においては、1回目はシンプルに、2回目はフレーズや音色など自分の感じるがままを音にのせて聴衆に届けた。名人芸とも言うべき難しい旋律も、手の自然な動きを生かした流動的な演奏で弾ききり、聴衆の魂を揺さぶった。

鳴り止まぬ拍手に2曲のアンコールで応えたニコラウの表情は、晴れ晴れとしていた。


※アンコール1曲目:ダングルベール作曲『シャンボニエール氏の墓』
  アンコール2曲目:ソレル作曲「ファンタンゴ」

(カナエル)
[PR]
by mejilog2007 | 2007-06-15 03:26 | コンサートレビュー
【レビュー】こだわりのリサイタル 大井浩明(クラヴィコード)
J.S.バッハ:フーガの技法+音楽の捧げ物   大井浩明(クラヴィコード)  和敬塾

紫陽花が色濃く咲く中、旧細川邸の和敬塾本館にて、大井浩明によるクラヴィコードのリサイタルが行われた。1階の応接室を会場に、楽器を囲むように聴衆が座るサロン風スタイルでの演奏会。聴衆の目はまずクラヴィコードに吸い寄せられる。


e0123479_1184367.jpg
鍵盤は5オクターヴ。

 
クラヴィコードは、いわばピアノの直接的な前身である。チェンバロが弦をはじいて音を出すのに対し、クラヴィコードは小さな金属片で弦を押し上げる(叩く)奏法だからだ。しかし、楽器の大きさも奏でる音も非常に小さい。本来は家庭内での練習用として用いられていたクラヴィコードを現代において演奏会で演奏するのは至極困難なことである。演奏者も少ないが、その貴重なひとりである大井浩明の演奏は、集中力を途切れさせることなく、幾重もの音の線を見事に弾きわけた。わずかな雑音にもかき消されてしまうほどデリケートな音色を全身で感じようとする聴衆は、自然に目を閉じ、頭を下げる。その姿は、天からの音楽の「捧げ物」をありがたくいただくような、神聖な光景であった。

クラヴィコードは、タッチの力加減において相当の技術力を要する。強すぎれば音はつぶれ、弱ければ鳴らない。しかしながらわずか5オクターブしかない小さな楽器から生まれる音楽は、じつに大きな広がりを持ち、どっしりとしたぬくもりを残してくれる。それは、時に絡み合い、そしてほどけてゆく天才的な曲の構造の土台を理解した上で奏でた、大井にしか出せない音色であった。

さらに今回は、鈴木優人による補筆完成版「未完成フーガ コントラプンクトゥス(XIV) 3(4)つの主題による4声のフーガ」(2007)を初演した。どこからが鈴木の補筆か分からないみごとな完成版は、今後のバッハ研究にも影響を与えることであろう。

(カナエル)
[PR]
by mejilog2007 | 2007-06-15 02:32 | コンサートレビュー
【レビュー】ヴェネツィアの晩課
ヴェネツィアの晩課                     ~モンテヴェルディ『倫理的・宗教的な森』より

初日以来、2度目となる東京カテドラル聖マリア大聖堂での演奏会。同じモンテヴェルディでも、6月6日の今夜は最大規模の宗教曲集『倫理的・宗教的な森』を中心に、ヴェネツィアの晩課(夕べの祈り)を再現した。

オルガンのトッカータ(フレスコバルディの作品)から始まり、神聖な響きで聴衆をひきつけた。

残響時間の長い大聖堂においても歌詞がはっきりと耳に届き、発声・発音など声楽の技術の高さが輝いた声楽アンサンブル「ラ・ヴェネシアーナ」は、カヴィーナを含め6人。少人数でありながらも、頭からつま先まで全身を共鳴体として表現していた。不協和音から協和音に解決する和声の晴朗さ、ひとつの母音で音程をコロコロ変えて歌っていく歌唱法「メリスマ」の正確かつ透明感ある装飾には、ため息がもれてしまう。

器楽は、先日も好評を博したエンリコ・ガッティ(バロックヴァイオリン)の他、マルタ・グラティオリーノ(バロック・ハープ)と2001年に結成した「リクレアツィオン・ダルカディア」の豪華メンバーによって構成されており、バロック音楽のスペシャリストたちの息のあった演奏に安心して身をゆだねられた。

イタリア本国でさえ、実現が困難な今回の共演。大聖堂で、当時の晩課をたっぷり満喫できた。

(カナエル)
[PR]
by mejilog2007 | 2007-06-08 23:16 | コンサートレビュー
【レビュー】大井浩明チェンバロ・リサイタル@目白聖公会
大井浩明、オール・バッハ・プログラムで存在感を示す

目白駅から歩いてすぐのところにその教会はある。80年もの伝統ある目白聖公会は、小柄ながら木造の建築様式が典雅で美しい。バロック音楽とは本来、現代の大ホールではなく数百人規模の親密な空間で行われるものだとの信念によるならば、目白聖公会ほど「バロック」にふさわしい会場も少ないだろう。

さて、出演者、大井浩明は「バロック」を「バ・ロック」へと拡張する知性を備えた数少ない音楽家のひとりである。プログラム前半『イタリア協奏曲』の明るさ、『フランス風序曲』の渋さ、それぞれの異なる性格は際立って聴こえ、バッハの音宇宙へと聴くものをいざなった。プログラム後半『ゴルトベルク変奏曲』は各変奏が複雑系のように多様に変化していく大曲であるが、大井はチェンバロ奏法の特質を浮かび上がらせるようにこれを弾きあげ、曲全体のたしかな見取り図を与えた。

オール・バッハ・プログラムの第2弾ともいうべき12日のクラヴィコード・リサイタルでは『フーガの技法』と『音楽の捧げもの』という大物が控えているだけに、期待がかかる。

(せん)
[PR]
by mejilog2007 | 2007-06-05 00:28 | コンサートレビュー
【レビュー】ガッティ&懸田&渡邊による演奏会
イタリア・ヴァイオリンの芸術Ⅰ ~ソナタ編~


演奏会場は立教大学の第一食堂。レンガ作りで天井が高くヨーロッパの雰囲気をかもし出しているこの会場が、イタリアのバロック音楽で満たされた。バロックヴァイオリン奏者のエンリコ・ガッティは弾くという概念を超え、いかに歌うか、いかに人間の声に近い音をだせるかという奏法を追求している。それだけに聴衆も彼らの生み出す「歌」を聞き漏らすまいと、全神経を集中させていたのが肌で感じられた。バロックチェロ奏者の懸田と、チェンバロとオルガン奏者の渡邊は各々現在イタリアに滞在していることもあり、3人は来日前からイタリアで合わせの機会を持てたそうだ。それも手伝って、3人の奏する演奏からは温かく親密感あふれる音楽が生まれていたのだろう。会場の窓を開け放し、庭でも聴けるような雰囲気に、「初期のバロック音楽をまるで宮殿の中で演奏している雰囲気があり、堅苦しい演奏会というよりは日常的な感覚で演奏できたことを嬉しく思う。」と出演者も満足そうに語っていた。まさに今回の音楽祭のコンセプトのひとつでもである、「建築と音楽の融合」が見事に果たされた演奏会だった。

(takako & カナエル)
[PR]
by mejilog2007 | 2007-06-04 15:15 | コンサートレビュー
【レビュー】福祉施設で演奏
コンサート・アテンダント ラファエル・ボナヴィータ


目白バロック音楽祭では、街とアーティストのつなぐ、「コンサート・アテンダント」という役割が存在する。つまり、ステージからの一方的に発信する音楽スタイルではなく、カフェやギャラリーなどを会場にし、聴衆と対等なスペース、いわばサロン的な感覚で音楽を共有しあおうというものである。
 今年のコンサート・アテンダントはテオルボ奏者のラファエル・ボナヴィータ。テオルボとは、リュートに似た楽器で、14の弦があり、豊かな和声を奏でることができる。
 
そこで本日は豊島区にある複合福祉施設「菊かおる園」にて、ミニコンサートを開催した。
ボナヴィータは終始笑顔で、通訳の助けを借りながらも時には自ら日本語を交え、楽器や奏法の説明、今日演奏する曲目などを曲間にはさみつつ、和やかな雰囲気で1時間のプログラムを終了した。
 トッカータやカナリオ、ベルガマスカなど約12曲を披露したが、その中でも日本の童謡「かあさんの歌」を演奏した際、ボナヴィータの調べにのせて観客が懐かしそうに歌ってくれた姿が印象深かった。まさに音楽によって心がひとつになった瞬間である。音楽を素敵だと感じたら自然に拍手をし、楽しかったら手拍子を・・・と気取ることなく純粋に音楽を楽しみ、聴こえてくる音楽に浸っていた。そしてこの現象は、ボナヴィータの人なつっこく親しみやすい人柄が率直に表れている、彼にしかできない音楽の力と言っていいだろう。もしかしたら、クラシック音楽を専門にしている我々よりも素直に音楽を受け取っていたかもしれない。
 
会場に足を運べる人がすべてではない。このような聴衆との出会いもまた、音楽という目に見えない音の糸でめぐり合わせてくれたものなのかもしれない。

(カナエル)
[PR]
by mejilog2007 | 2007-06-04 02:45 | コンサートレビュー
 
  (c) 2005-2007 mejiro BA-ROCK all rights reserved. page top